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放浪紀行

跳ねる髪が嫌い

3月7日(火)

 数Aが全然出来なくて、テスト中に頭真っ白になって、泣きそうになりながらも、頑張ったサクシードやらプリントやらが無駄にならないように必死に解いてみたけれど、全然分かんなかった。

 頑張ったなぁ、頑張ったのになぁ、なんて思ったけれど、積み重ねが結局は大事で、一発で頑張っても本質は分かっていない。

 救済措置なんてものがあったなら、有難く縋らせていただくけれど、無ければもうそれもそれだ。

 辛いなぁ、自己満足だったんだなぁ。

3月6日(月)

僕の今のいる街、それは運輸倉庫と製紙工場しかないような街で、東京の最果てとも言える。東京の中で最近できた街、つまりは埋立地だ。

この街で僕は育った。


しかし、僕はそれを誇りとは思わない。
治安はそこまで良くはなく、交番はない。また駅近くにも居酒屋とコンビニしかなく、白と灰色のアパートが連なる。また、登校班の待ち合わせ場所はパチンコ屋の前であったりとか、とにかく良くはない街だ。

 

僕は知らなかった。この街は、寂れた街だったこと。普通の街はシンナーの臭いが充満していないこと。この街が見捨てられつつあるということ。
最悪の街だったのだ、自分の笑顔が溢れていた街は…と痛感するたび、自分の運命を呪った。

 

まだ中学の友達には全然言えていないのだけれど、母と父の仕事が落ち着いてきた頃、僕はこの街を離れる。離れてしまったら最後、もう来ることなんてなくなってしまうだろう。勿論、小中学校で楽しくやっていた仲間とは疎遠になる。

 

そのことを思うたび、自分は自分に問いかける。忘れ物はないか、と。
離れることが決まった時、嬉しくてたまらなかった気持ちは、なぜかこの街に何かを忘れているような気がしてならないようになった。


それは友情か、愛か、恋か、はたまた普通にモノなのか、そんなことは分からないけれど、こんな淀んだ街に置いてきたものなんて、一番淀んだものに決まっている。それは、

3月5日(日)

 今日は全く勉強のやる気が湧き出ず、新入生のものであろうTwitterアカウントを無差別にフォローしていった。

 したのは30人くらいだろうけど、やっぱり毎年同じような人が入ってくるんだなぁと思った。

 恒例行事のLINEグル、それに疑問を持つ少数名、オフ会などなど。

 見れば見るほど自分の代の似通っているなぁ、と思っていたけれど、去年も先輩がそんなことを言っていて、学校の雰囲気は固定されてるなぁ、とも感じた。

 もう一年経ってしまう。特に何もしてこなかったけれど、唯一思うのは沢山の人と喋ったなぁということ。環境が変わるとやはり武器になるのは口だ。口があってよかったと痛感する。

 楽しそうで楽しそうで、微笑ましいのだけれど、やはりどこかで「この人たちとは気が合うのか分からない」というような不安を新入生たちから感じる。それはそうだ。環境が大きく変わるのだから。友達ができるかなとかそういう不安の方が卒業うんぬんよりも勝るだろう。多分。僕はそうだった。

 かと言って今はどうなのかと言うと全く変わっていない。クラス替え滅茶苦茶怖い。

 楽しみでもありつつ、どこか不安、こんな心情に名前があっただろうか、あったら誰か欲しいのだけれど。